安井さんが持っているのは本文中で紹介した「焼いていないレンガ」と「震災疎開パッケージ」のパンフレット。 | |||
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「たとえばこれ、なんだと思います?」 長方形の物体を手に、安井潤一郎さんが言うのである。 「レンガですか?」 「そう」 頷くと、安井さんはいきなり水を張ったお盆にレンガを浸した。十数秒が過ぎて持ち上げてみると、「あっ、水が減っている」。 「これは焼いていないレンガなんです。水を吸うのは保水力があるから。吸った水は乾くときに蒸発する仕組みです」 屋上緑化の敷石にぴったりの素材。製造工程で火を使わないから、その点でも地球温暖化対策に貢献している。レンガひとつでも立派なエコ商品なのである。 「こっちは空き瓶を砕いて作った軽石です」 レンガの次はビニールに入った『スーパーソル』という人工石を見せてくれた。 「これも土木建築、園芸、断熱などいろんな用途がある。行政は空き瓶を集めてはお金を払って処理業者に渡しているけれど、この軽石メーカーに瓶を粉にして売れば収入が得られる。両者ともに得をして、なおかつ環境問題も解決するわけです」 楽しそうに語る安井さんだが、本人は別にこうした商品の開発業者でもなければ販売業者でもない。本業は早稲田に長く店をかまえる『スーパー稲毛屋』の社長。それにここ11年あまりは早稲田商店会の会長。自身の言葉を借りれば「スーパーのおやじ」だ。しかし、気が付いてみると「こういう物が全国各地からどんどん送られるようになってきた」という。早稲田の商店会に物を送れば、そこを発信地に全国に広がっていく。自分たちの店や町を元気にしようと環境問題に取り組んでいたら、いつのまにかネットワークが全国規模に広がった。それが現在の早稲田商店会なのである。 「いまやっているのは、震災対策のプロジェクトに、アトム通貨という地域通貨のプロジェクト、それに早稲田大学の学生を地元の町に呼び戻そうという下宿屋プロジェクト。ほかにもあれもこれもといった感じですが、もとはといえば平成8年に開いたたった1日限りのイベントが発端となっているんですよ」 そのころ、安井さんたちは商店会の夏枯れ対策に頭を悩ましていた。学生街である早稲田は夏になると3万人の早大生が消え、町は閑古鳥が鳴いたような状態になる。そこで大学に協力を要請して開催したのが『エコサマー・フェスティバル・イン・早稲田』。ここはひとつ、お祭りでもやって町を盛り上げようというのが目的だった。こういう調子だから、テーマとして環境問題を持ち出したのも最初は方便。環境問題を口にすれば行政や企業の協力が仰ぎやすい。それに今風で聞こえもいい……。 「本当の目的は自分の店。町に人が来れば店の客も増える。売り上げを増やすことが目的だったんです。それは今も変わりません」 自分たちはあくまでも商人。儲かってなんぼの世界で生きる者。本音を隠すことはなく、人々の環境問題への関心を客寄せに使った。 すると、大成功を収めてしまった。会場には数千人が来場し、NHKや新聞社、それに海外メディアまでが取材にきた。 となれば、また次をということになる。商店会ではゴミゼロ実験に取り組むこととなった。これも成功し、注目を集めた。さらには恒常的なリサイクルの場を作ろうと、空いた物件を利用して空き缶 やペットボトルのリサイクル回収機を設置したエコステーションを開いた。こうなると早稲田では1年中エコ運動が行われていることとなる。商店会会長の安井さんのもとには町づくりのモデルケースとして方々の町から講演依頼が舞い込むようになった。 そうして出かけた先で知り合った学校の教師が、修学旅行で早稲田の町を見学したいと申し出てきた。これを機に、早稲田は地方の中学生の修学旅行先となった。それも1校どころではない。修学旅行を扱う旅行代理店が「早稲田でエコステーション見学」と企画を持ち込むと、飛びつく学校が次々に現れた。中学生とはいえ客は客。地元のホテルは稼働率が上がり、商店はリサイクル回収機のゲームで当てた3百円割引券(ラッキーチケット)を手にした少年少女たちで賑わった。 |
平成8年(1996年)8月24日に開催された『第1回エコサマー・フェスティバル・イン・早稲田』。主催は早稲田商店会をはじめとする早稲田大学周辺商店連合会。後援に早稲田大学と新宿区、協力に新宿東、新宿西清掃事務所がついた。現在は『早稲田地球感謝祭』という名称で開催されている。 |
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「で、なんで中学生が修学旅行で来るんだと、今度は各地の商店会の人たちが視察に来るようになった。次第にネットワークが生まれて、産地の商品などが送られて来るようになった。それをうちの店に置いて売る。スーパーという商売は、他店との違いを売りにしなければならない。その点、たった1品でもオリジナル品があれば、それを求めてお客さんは来てくれる。環境への取り組みが結局は自分の店の売り上げにつながる。こうした姿勢でいたのが結果
としては良かったのだと思います」 売り上げが上がって儲かるのは楽しい。ならばもっとやろうじゃないか、という発想だ。「いま取り組んでいる『震災疎開パッケージ』は神戸の長田町のみなさんとお話ししていて生まれたプラン。これは年会費5,000円で加入していただいた方が、もし震災に遭って災害救助法の適用地域に認定されたら北海道から沖縄まで全国の受け入れ先のホテルなどに疎開できる、また何事も起こらなければ地域の特産品が1年に一度送られてくる、というものです」 こうした地域同士を結ぶ発想は行政からはなかなか生まれない。この『震災疎開パッケージ』にしろ環境問題にしろ、取り組んでいるうちに安井さんはひとつのことに気付いたという。それは「この国には震災対策で町を動かすキーワードがない」ということだ。 「震災といえば人の生き死にに関わる問題だけにすごく不遜で耳障りかもしれないけど、人様の困っているところにはビジネスの芽がある。やっぱり、(楽しい)や〈儲かる)というキーワードがないと人も町も動かないものなんです。それはここ数年、エコステーションを運営していて学んだことですね」 エコステーションでは通常は地元の人たちにもゲームに当たるとラッキーチケットを発行している。中華料理店なら餃子1皿サービス、安井さんの『スーパー稲毛屋』なら抽選でその時の買い物が無料になるかもしれないといった、それぞれの店ができることをしている。これがまた提供するサービス以上に集客や売り上げに結びついているという。 『震災疎開パッケージ』は、万一疎開となった際には5万円相当の交通費と25万円相当の宿泊費の権利が会員には与えられる。だが、芯の部分にあるものは「自分たちの町を震災に強い町にしよう」という思いだ。 先日起きた新潟県中越地震では、はからずも早稲田商店会の連携先である長野県の飯山市の商店会が被災地の十日市町の人々を受け入れようと働きかけた。 「ところが、日帰りの温泉招待にはみなさん喜んで参加するけれど、本格的に疎開してくる人は誰一人いなかったんです」 理由は「家が壊れているから」だった。人間の故郷への思いは底深い。自宅が損壊している人にとっては疎開など思いもよらないもの。へたにその場を離れようものなら「心が崩れてしまう」のが人間なのだ。 「せっかくたったの5千円で全国好きなところに長期滞在できるのに、自分や家族が被災してしまうと動けなくなってしまう。だったらどうすればいい。震災に強い町をつくればいい。家屋にしても積極的に耐震補強工事をすればいいということ。震災対策は震災が起きる前にやって初めて対策になるんです」 まずは自分たちの住む早稲田から。こうした働きかけは、最近になって数字に現れてきている。地元の戸塚第一小学校は平成11年の全校児童数が309人だったのに対し、平成16年は457人。学校の統廃合があったわけではない。少子化の進む昨今では純粋に50%も生徒が増えるというのは驚きだ。そこにあるのは商店会や大学や地域に住む人々が町ぐるみで環境問題や震災対策に取り組んでいる早稲田という町に対する信頼感にほかならない。親にとって子どもの安全は優先事項のトップ。それに応えてくれる早稲田に引っ越してくる人が後を絶たないのだ。 こういう町だと子どもが荒れることも少ない。事実、早稲田では「ここ3年、保護観察処分を受けるような子は1人も出ていない」という。 |
新目白通り沿いにあるエコステーション(上)。空き缶やペットボトルの回収機が設置してある。不要となった缶 やペットボトルを入れると自動的にゲームが始まり、当たるとラッキーチケットが発行される。(中・下) |
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基本は「自分たちの町は自分たちでつくる」。むろん、安井さんとて最初からこういう考え方を抱いていたわけではない。平成5年に「いやいや」商店会の会長になり、また自分も卒業した戸塚第一小学校のPTA会長を務め、一連の活動に取り組んでいるうちにいろいろなことを学び、自分のなかに吸収していった。 「戸塚第一小学校は新宿区でいちばん古い学校で、来年で創立130周年を迎えます。調べてみると、この学校は国ではなく町の人たちが力を合わせてつくった学校だとわかった。金のある人は金を出し、力のある人は力を出し、友達の多い人は友達を呼んでつくった。それで先生たちに頼んで子どもの勉強を見てもらった。学校というと行政や先生のものみたいなイメージですが、本当はそうじやない。それにたかだか150年前までは、この国は道路も橋も消防も警察も全部町衆がやっていた。それはすなわち、自分のことは自分でやる、ということ。こういう意識が我々には必要なんじゃないでしょうか」 町の主役はそこに暮らす人々。行政はなにかと「住民にやさしい町づくり」と言うが、本当に大切なのは「住民が元気になる町づくり」だ。 ほかにも学んだことがある。それは「商店会は組織ではない」ということ。商店会とは「場」。そう考えることで、硬直した商店会が有機的に動き出す。使い道はいくらでも出てくる。「場」として提供することで、さまざまな人や物が流れ込んでくる。水を吸うレンガにしろ軽石にしろ、極端な言い方をすれば売れようが売れまいが早稲田商店会にはいっこうに関係ない。ただ、ここに来ればそれが見られて、必要とする人たちが手にとる機会を得られる。そして、人の集まるところにこそ商品は生まれる。自らの利益を追求しつつ、町をつくっていく。こうした動きが加速度的に広まっていくであろうことは、早稲田に続々やって来る全国の仲間や、毎日店の仕事をしながらも年間百回は早稲田商店会長として地方を飛び回る安井さんを見ていればよくわかる。 人のためよりも自分のためで一向にかまわない。そう考えることが大切な「町づくり」への第一歩なのかもしれない。 �安井さんとスーパー稲毛屋のホームページ 「今日の商店会長」http://www.eco-station.gr.jp/kaicho 「スーパー稲毛屋」http://www.eco-station.gr.jp/inageya/ |
スーパー稲毛屋は新目白通り沿い。もともとは精肉店からスタートしたため、いまでも地域では「肉の稲毛屋」で有名。安井さんは東京都の食肉事業協同組合本部理事でもある。 |
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